2013.6.28(金) |
いっちょまえ
□空梅雨で始まった6月も中盤からはちゃんと雨も降り出し、合間をぬって夏日も訪れ、はやくもゲリラ豪雨や熱中症にさいなまれることになった。
□気がつけばもう月末。何だかドッと疲れてしまった。このけだるさはずっとついてまわるのだろうか。本来サボリ魔の私はすべてをこの天候のせいにして、とにかくダラダラしたい。
□ダラダラするとよけい疲れるという人がいる。ちゃんと自分のペースをわきまえ、先を見通しているのだろう。なんとスバラシイことだろう。そしてうらやましい。けれど自分にはできない。
□そんなわけで今日はまだ洗濯も掃除もできていないのだが、いっちょまえにお腹が空いてきた。何かひと仕事終えると(今日はひと仕事も終えていないが)お腹が空き、台所へ行ってありあわせでゴソゴソと何かを作り出す。そして食べればいつのまにやらひと寝入り。これだけは梅雨だろうがクリスマスだろうが関係なく私に備わった機能のようだ。
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2013.6.29(土) |
ひっそりと暮らしている
□先日友人と「夫婦ゲンカをするか?」という話になった。友人は男性で、時たま奥さんがキレて、ケンカっぽくなるとのことだった。つまり日頃の不平不満が少しずつたまっていき、ある日爆発する。
□あらためて「ケンカしないの?」と聞かれると、多少の不平不満はお互いあるだろうけど、ケンカになったことはないような気がする。
□「ケンカ」って何だろう? お皿を投げたり「テメエこの野郎!」と口ゲンカしたりすると立派なケンカになるだろうけど、そんなハゲシイことにはなったことがない。
□「仲がいいんだね」と言われると、それほどイチャイチャしてるわけでもなく、いたって普通に助け合って生きています、といったところ。
□しかし大っぴらに夫婦喧嘩するのも人によっては表現のひとつとして大切なことかもしれない。またそんな大騒動を起こしても近所からクレームの来ない環境というのは素晴らしい。どちらかと言えば私たちは肩を寄せ合ってひっそりと暮らしているのであろう。
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2013.5.25(土) |
ちょうどいい
□その日私は大好きなテレ東のカン○リア宮殿を見ていた。く○んという学習塾の話であった。○もんでは、いっけんグループで勉強しているようで実は一人ひとりに問題が出され、自分で考え答えを出し、それを先生に見てもらっている。各々にちょうどいい難しさの問題を出してやれば楽しく勉強できるし達成感も得られる。そうなればしめたものだ。
□キーワードは「ちょうどいい」である。確かにこれは究極のワードと言える。勉強だけなく、食事でも仕事でも睡眠でも恋愛でも、気温や湿度だって「ちょうどいい」と人は気分よく過ごせると思う。
□現実社会の中では他人様が私に対して、私は他人様に対して、常に「ちょうどいい」を提供し続けなくてはならないから、そんなにうまくいくわけがない。すべてをちょうど良く過ごすことは至難の業だ。絶対どこかにしわ寄せとか我慢してくれている人がいるのだと思う。お客様には「ちょうどいい」が提供できても、果たして家族には? 私の中でなんだか「綺麗事を言いやがって」という反発心が湧いてきた。
□でも最後には、素直に「ちょうどいい」の言葉を受け入れようと思った。なぜだかわからないけど、その言葉の裏側に相手を思いやる優しさを感じたからかも知れない。
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2013.5.27(月) |
そぐわない
□先日コンビニに行った時、1リットル紙パックのオレンジジュースを買った。そして確認してみた。例の「ストローいりますか?」の件である。
□私はハッキリと
「ハイ、いります」
□と答えた。するとそこには、ちゃんと1リットル用の長くて大きめのストローが…!
□―そうだったのか。知らなかった。
□最近では日本人もアメリカ人なみに1リットルを一人でガブ飲みし、生クリームのスイーツもペロリとたいらげる。そんな体質になっているのだろう。人類は常に変化しているのだなァ。
□私は反対に、ひとくち食べれば気が収まる性分だ。ひとくちなら我慢できそうだけれど、そのひとくちが無性に食べたいし我慢できない。いったんイメージされたものを取り消すには、さらに強いイメージで打ち消す以外方法はないのだ。アイスをやめるならフライドチキンで、といった具合に。自主性のあるガマン。これほど難しいものはない。
□そんなわけで、とにかくひとくち派の私は1リットルをストローで飲み続けても半分も飲めなかった。残りを冷蔵庫にしまおうとすると、このストローが実にジャマであった。
□要するに私はこのアメリカサイズのストローの時代にそぐわない人間のようだ。
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2013.5.30(木) |
梅雨入り
□昨日、梅雨入りした。これでしばらくの間、洗濯物は室内干しだろう。
□さめざめと降る雨を窓越しに眺めていると、なぜか童謡が思い出される。
□♪で〜んでんむしむしかたつむり〜
□♪あめあめふれふれかあさんが〜
□暗い顔でボソボソと歌うとホラー映画のワンシーンみたいだ(童謡を歌うなら明るい顔で大きな声で!)。
□しかし気圧の関係だろうか、頭がズーンと重く気分がさえない。だるいような眠いような。梅雨ってこんなに体にこたえるものだったっけ。その上、カビの季節でもあり何かとうっとうしい。ああ、スッキリしたい。
□こんな時、思いきって髪の毛を切っちゃおうとか、奮発してステーキとか焼肉とかお寿司を食べに行こうなどと思ってしまう。
□でもはやまってはいけない。梅雨は始まったばかり。まだまだ道のりは長いのだ。
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2013.5.21(火) |
月曜の朝、午前4時
□月曜日の深夜2時過ぎからウロウロ出かけるバカは私とダンナぐらいだろう。だってここは新宿や吉祥寺ではなく、西荻窪なのだから。しかしだからこそ、静かな住宅街にポツリと灯をみつけると気になってしまう。
□今夜は「そこ」に行ってみるのだ。お酒メインのお店だけどコーヒーもあるとチェック済み。
□細い階段を2階へ上がっていく。看板には「舶来懐メロと自家製おつまみ」とある。この“舶来懐メロ”の言葉に私たちはひっかかってしまった。「なんかイイ」。
□扉を押すとうす暗い店内はムード満点。カウンターの中からマスターが「いらっしゃい」とひと声。ボックス席は4つほど。窓際の席はソファーになっていて6〜7人用だろう。カウンターの向こう側には家具調のドデカイステレオがあり、すごい存在感。なんか映画のセットみた〜い。思わず気持ちがうわずっていく。コーヒーを注文し、あのステレオから流れてくるオールディーズに耳をかたむければ、ありもしない青春ドラマ的なものが頭の中を駆け巡る。多分この場所に来れば誰でもノスタルジーのマジックにかかってしまうだろう。
□ところで話はとぶけれど、終盤になって私がとても感動したことは、トイレの美しさだった。古い建物なのにタイルがピカピカにみがかれていて、ひとつひとつがニコニコしているようにさえ感じた。スバラシイじゃあ〜りませんか。
□なんて気分がいいんだろう。とても満足して私たちは店を出た。階段を降りると、そこはいつもの西荻の街。新聞配達のバイクが走り抜けていく。
□月曜の朝、午前4時。特別な気分をありがとう。
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2013.5.22(水) |
ウォーキング・イン・ザ・ナイト
□ずいぶん前に、真夜中のウォーキングを続けたことがあった。その季節がちょうど今頃。寒すぎず暑すぎず、テクテク歩くのに気持ちがよい。
□でもはじめたきっかけは私の体調不良。頭の中も体もそして精神もなんだかモヤモヤして、時にはしんどくて外に出られないほどだった。でも深夜に誰もいない住宅街を歩くのは幾分心がやわらぐ。ダンナには犬の散歩だと思って頼むね、と言った。
□ウォーキングコースを2パターンぐらい作って、モクモクと歩く。すると次第にお馴染みさんができる。ノラネコやお出掛けに来た飼いネコ、そして植物も毎日見てると、あれ、今夜はイキイキしてるとか香りがするナとか…。
□人の雑念が影をひそめる夜の世界。魅力があるなあと思った。
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2013.4.23(火) |
必要なのか?
□天気予報スゴイ! 先週末の土日、ビックリするほどの寒さが本当に訪れた。同時に湿度もグッと下がって乾燥しているようだ。
□なんだかとてものどが渇く。スーパーの帰りにコンビニで1リットルのオレンジジュースを買ってしまった。当然スーパーより割高だが、この衝動を抑えられない。その上、コンビニの菓子パンもなにやらとってもおいしそう。久々に買っちゃう?! と心の中がざわつく。せっかくスーパーで本当に必要な納豆や味噌を真面目に買ってここまできたのに、あと一歩のところで私はフラフラと横道にそれてしまうのである。
□結局オレンジジュースとクリーム入りクロワッサンとメロンパンを買うことにした。たまにならいいんだ、と自分にいいきかせ。
□さて、お金を払う段になってレジのお兄さんに「ストローおつけしますか?」と聞かれた。これも久々に聞くフレーズだが、500mlならわかるけど1リットルのパックのオレンジジュースに対応したストローってあるんだろうか? それともずっと手でストローを持っていなくちゃいけないのか?
□いずれにせよ3分の1くらいになったら、そのストローも届かず、結局グラスにあけるかパックのままガーッとあおるしかないのでは…。
□「あ! いりません」一瞬間があいて私はあわてて答えた。
□1リットルにストローは必要なのか―。とにかく次回は「いります」と答え、どんなストローなのか確認してみようと思う。
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2013.4.25(木) |
私は○○以上です
□コンビニで買うものといえば、たいがいタバコ。
□タバコを買うと年齢確認とやらで「私は20歳以上です」と書かれたタッチパネルにタッチさせられる。どう見たって20歳以上だと思うがルールなので仕方ない。
□昔テレビで見たけれど、コンビニのレジでは買った人が男か女か、10代が40代かといったことをチェックし、カウントをとっているらしい。何才くらいの人がどんなものを買うのかとか、この店鋪にはどんな世代が多く来るのかとか、たしかにチャックしておけば、そこからヒントを得られるのだろう。しかし何才かはレジの人の判断にまかされている。一体私はいくつに見られているのだろうか。
□あの年齢確認タッチパネルにタッチしようとしたら、突然画面が「私は50歳以上です」にチェンジしてしまい、「あ!」と思ったところですかさず店員さんが「お客さん、ホントは50過ぎですね、若作りしてるけど。ププ」などと言われたら、と考えると、それはそれで面白いかも。意外とバレてないんだ…とか。騙し合いは楽しいのである。ガハハ。
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2013.4.15(月) |
4月は難しい
□トレーナーとジャンバーを着ておつかいに行ったら、汗ばむような気温と重い荷物にどっと疲れてしまった。
□いよいよ今週中に冬物はクリーニングだな、と決めた途端、テレビの週間予報では再び冬の寒さが戻る日もあるので注意が必要とのこと。振り返ればたしか去年の今頃も、今日は何を着るべきかと悩んでいた気がする。ちょっと先走って半袖に薄手のジャケットをひっかけて外出したら知り合いの人に「寒そうね〜、そんなカッコで風邪ひかないでね」などと言われ、オシャレしたつもりが思わぬ同情を買うはめになったり…。4月ってなかなか難しい。
□そして今月末からは、あのゴールデンウィークが始まっていく。きっとテレビではまた観光やレジャーにまつわる情報が溢れるように流されるのだろう。
□たいがい自分は傍観者の立場でそのブームや興奮を映し出すテレビをボケッと見ているばかりだ。でもそれでいい。こんな時期はどこもそれなりに割高になっていたりして、楽しいばかりか損した気分にさいなまれ、ちっとも心が豊かになれないのだ。
□まったくケチ臭い人間だけれど、性分なので仕方ないか。
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2013.4.8(月) |
缶詰め状態
□このところずっと“缶詰め状態”である。
□などと言うと〆切りの迫った売れっ子作家のようだが、そうではなくて、ごはんのおかずに缶詰めを出すことが多くなっている、ということだ。きっかけは大雪が降った時だったか、缶詰めを少々買い込んでおいたことがあったあの時である。
□子供の頃からシャケ缶とかイカの缶詰めとか大好きなものがあったけれど、社会人になり、いつの間にやら缶詰めは高級品になっていた。しかし今年に入ってスーパーの缶詰めコーナーを冷静に見渡すと、さほど高くなくても心ひかれるものが何種類もあったのだ。そうなるとひと通り気になるものは試してみたくなるのが人情である。
□その上ダンナの反応がまたナイスである。普段私の作った煮物などにはウンともスンとも言わないくせに、缶詰めのサバ味噌を小皿にのせて出したら「あれ! これ何!? いいじゃん」などと見事に感想を述べたのである。とにかく気に入ったようなので、私は調子に乗って缶詰めを定期的に買うようになってしまった。
□このブーム、あと1カ月は終わらないと思う。今や缶詰めは私の味方。家に缶詰めさえあれば、そしてごはんさえ炊いておけば、なんとか生き延びられるのだからアリガタイと思う。
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2013.3.22(金) |
チャコンブリア宮殿
□年に2回、お彼岸は門前仲町へお墓参りに行く。
□両親が高齢のためタクシーで移動するようになってもう5〜6年経った。新宿・四谷を過ぎると、ほとんど行くことのない皇居のあたりで永代通りに入り、まっつぐ行って橋を渡れば門前仲町である。
□今年は桜の開花が記録的に早いとテレビで言っていた通り、タクシーの窓から満開の桜を見ることができた。こんなことは初めてだ。いつもはボケーッとしている私も「なんてキレイなんだ!」とときめきながら、移動する景色を楽しんだ。
□隅田川付近ではスカイツリーも見える。「あ! スカイツリー!」と声に出して喜んだ。私は東京生まれだが東京のことは何も知らない。しかしニョキニョキと生えるタワーマンションやスカイツリーを生で見ると、東京ってすごいな、どんどん姿を変えてしまうんだな、と実感する。
□帰りも同様にタクシーで、青梅街道・新高円寺あたりで私の確認ポイントがある。中学生の時通っていた塾の入ってたビル。まだあるかどうか、古いビルでいつ取り壊されてもおかしくない。でも今日見るかぎり無事あった。テナントは入れ替わるようだが、ちゃんと現役だった。
□過去への執着と未来への利便性。
□そのはざまで、今を生きる。
□お彼岸はそのことを私に教えてくれる。
□―― 今を生きる。
□と、なぜか『カンブリア宮殿』のエンディングのようになってしまった。
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2013.3.24(日) |
スッキリ小ギレイ
□あんたはなんだかだらしない。だからいつも小ざっぱりするように、とよく親に言われた。
□ここ数年、その言葉がいつも心の片隅にあって、身なりをスッキリ小ギレイにしようと心がけている。しかし現実は何も実行されていない。美容院にいくために別ワクでとっておいた予算も、いざとなると足踏みし、食費に使ってしまうのだ。
□その食費もやはり枠を決めて使っているのに、今まで真面目にやってきたのだからと、ある時突然お菓子を大量に買ってしまったり、日常滅多に買うことのないピーナツバター粒タイプの大ビンを買ってしまったりする。サイクルとしては3週間経った頃、その衝動がやってくる。
□振り返ってみると、概ね飲み食いに消費され、ファッションや美容、そして歯医者さんなどのメンテナンス関係はどんどん先送りされている。こんな性分だから、私は子供の頃からだらしない感じが漂ってしまっていたのだろう。
□しかしこの先どんどん年を重ね、フレッシュ感も減少する一方なのだから、いつまでも逃げていてはいけないのだろう。よし、明日こそ髪を切るぞ!!
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2013.3.17(日) |
セレブ線
□先日、縁あって手相を見てもらった。私にとって「初手相」。興味津々である。見て下さる方はプロなのだが「まだまだ勉強中です」と言い、挨拶を交わした。真面目そうで優しそうで感じの良い男性。30代後半くらいだろうか。
□イザとなるとドキドキする。とにかく手のひらをジーッと見るわけで、何だかはずかしい。何を言われるのだろう。しかし、その内容は全くもって健全で、線(手相)が意味する性格や体調の傾向を統計学に基づいて説明してもらった。そして言われたことの9割9分が当たっている。1つだけ「それはちがう」と心の中で思ったのは、私の手相には「セレブ線」なるものがあって、お金に関しては大丈夫、というところだけだった。
□印象的だったのは、左手中指第2関節あたりにあるホクロで、これは「取り越し苦労ホクロです」と言われたこと。起こってもいない先のことをあーでもないこーでもない、もしこうなったらどうしよう、と果てしなく考え込むクセがある。
□しかしダンナのような行き当たりばったりもどうかと思う。そんな相方を見ていると、私は余計に気をもむのである。しかしやはり取り越し苦労はしなくて良い苦労だと思いますよ、とその男性は真顔で私に言ってくださった。
□それでも性分は直らないから、たとえば、取り越し苦労を「私はイマジネーション豊かな人間なのだ」というふうに自分の中で置き換えて、明るい方向に向かうようにすることはできるだろうか? もしできたら、何かが変わるかもしれないと思えた。
□今回の初手相は、脳と体と手相は何かしらつながっているという実感を持てた体験であった。
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2013.3.10(日) |
風に吹かれて
□ここのところの話題は、花粉、黄砂、PM2.5と強風に乗ってやってくるものばかりである。その上、今朝はカーテンを開けたらほとんど前がかすんで見えないほどでビックリ。夜のニュースを見たら「煙霧」だったという。新しい単語にまたもやビックリ。とにかくこの強風で実にたくさんのものが飛んできているようだ。
□それでも梅が咲き桜のつぼみもふくらんで、テレビの開花予想などを見るにつけ、春の訪れに心がなごむ。いじけやすい性格の私は、なるべく背筋を伸ばしてと思っているけれど、いつのまにやら縮こまってチマチマした心持ちに…。
□こんな私に幸せをくれるのは、春の草花、のびをしているノラ猫たち、スーパーの色とりどりの野菜、甘酸っぱい香り漂うイチゴたち、こぶりの新じゃがもキュートでカワイイ。若いって素晴らしい。なんて言ってると、またどうせ私は、といじけだすので今日はこのへんにしておこう。
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2013.3.5(火) |
バサバサがサラサラで、バリバリがウルウルに
□3月1日に春一番が吹いた。でもやっぱり寒い。まだ北風が身にしみる。
□しかし私のバリバリのくちびるが、しょっちゅう流血騒ぎをおこすくちびるが、この5日間でみるみる回復した。ウソみたい。私より先にくちびるが春をわかっているようだ。湿度もちょっぴり上がってきて、心なしか髪の毛のバサバサもおさまっている。
□これだけでとても嬉しい。だから他人様に「今日顔がスッキリしてるね」などと言われたら、かなりテンションが上がってしまう。それだけで今日は「良い1日」になるのだからかわいいもんである。
□しかしダンナはバサバサでもサラサラでも、バリバリがウルウルになっても、その違いがまじによくわからないようである。
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2013.2.24(日) |
赤か白か
□昨日、夕食の仕度をしていた時のこと。
□フライパンの中にはとり肉、人参、玉ねぎが入っており、木のヘラでせっせと炒めていた。良きところでトマト缶を開ける。その時、何かヘマをしたらしく、木のヘラと一緒に、今開けたばかりのトマト缶のトマトが自分に向かって飛んできた。
□たぶん、ヘラの持ち手のところを私のヒジが押してしまったとか、普通では考えられないピタゴラスイッチ的なことが起きてしまったのだろう。「わぁ!!」と声を出したと同時に木のヘラは私のTシャツにベッタリついて床に落ちた。
□なんてこった! オーマイガー! 大事件である。なのに、真っ赤なTシャツを着てたせいでベッタリついたトマトがほとんど目立たない。私はめげずにキリのいいところまで調理をすすめた。
□フライパンにフタをすると、ササッとTシャツをとりかえ、念入りにジーパンと靴下もチェンジ。トマトが飛び散った床はパパッと拭き取り、ハイ、元のとおり。さらに、すぐ洗濯機をまわし、この「トマト関係者のみ」をとっとと洗ってしまうことにした。
□今日の私は素晴らしい。実にスマートに処理している。どうしちゃったんだろう。たぶんそれは、赤いTシャツのおかげだろう。もしTシャツが白かったら…。ショックのあまり逆ギレを起こし、投げ出していただろう。
□赤か白かで私の行動は真逆の方向へ進んでいく。人間って不思議である。
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2013.2.14(木) |
流血の荒野
□昨日、ダンナに「唇に何か付いてるヨ」と言われた。
□わかっている。これはご飯粒などではなく、私自身の唇の皮なのだ。この寒さと乾燥で唇はガッサガサである。その皮を、つい手でむいてしまい、よく血を出している。笑った拍子にピッと切れて流血することもある。その後しょうゆなどがしみて大騒ぎすることもある。それを恐れて、ダンナに指摘された皮はむかずにガマンしているのだ。
□日頃、通りすがりの女性を見てもこんなにひどい唇の人はそういない。何故ここまで荒れ果ててしまうのか。これでもリップクリームだけはこまめにつけているのに。
□しょっちゅう口内炎ができる、という人もいる。それを言い出したら、花粉症だアレルギーだとキリがないのだろう。たかが唇ぐらいでガタガタ騒ぐなと言われそうだが、毎年冬になると唇から血を出している自分が哀れである。
□しかしこの手の話になると、たいがいの人が諦めている。仕方ない、体質だものという。一人一人気質があって性格が違うように、体質も十人十色、受け入れるしかないのだろう。
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2013.2.12(火) |
兆しでなければご褒美を
□立春を過ぎ、春一番が吹くのを心待ちにしている今日この頃。そうすればもうすぐ梅が咲くんだ。そしてイイ香りが漂って、ああもう春はすぐそこ。もうちょっとの辛抱だ、と実感できるもの。
□逆にこの寒さがいつまで続くかわからない、いつまた雪が降るかもわからない、その上ヤサイも値上がったまま一向にもとの値段に戻る気配がない…とこれじゃあ気分はどんどん沈んでいくばかり。
□つまり私という人間はちょっぴりでいいから兆しを与えてもらわないと辛抱できないタイプなのだ。スゴイ人とは何の兆しがなくても黙々と自分の道を一歩一歩歩んでいける。そしてそういう人はある時パッとゴールに辿り着いちゃうのだろう。うらやましい。
□兆しでなければ、ほんのちょっとしたご褒美でも良い。何時まで頑張ればその後にお菓子が食べられるというようなことだ。野菜の値段が下げられないのであれば別の商品、たとえば缶詰めなどをガンと値を下げて売ってくれないだろうか。主婦はみんな大喜びすると思うのだが…。
□毎日の暮らしの中にそういったポイントがまったくないのはとても息苦しい。逆に、ささやかな兆しとご褒美があるだけで、気分はあっという間に上向きになる。というわけで、そろそろ春一番吹かないカナ。
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2013.2.1(金) |
私はやってない
□おつかいのついでにセロテープを買ってきて、とだんなに頼まれた。行く段になったら何mm巾の何mでそれを何箱と細かく指定が入り、覚えられない。メモを書くのも面倒で、空になった現物を持っていくことにした。
□さて、文房具売り場に到着。「えーっと」とマイバッグから空のセロテープ箱を取り出そうとした時ふと思った。「万引きしてると思われたらどうしよう…」
□私の片手はマイバッグに突っ込まれたまま、あたりを見回してしまった。この感じが怪し気である。さらに、防犯カメラってどこ? と天井を見上げキョロキョロしてしまった。ますます怪しい。こうなると大声でひとりごとを言うしかない。「さてと、たのまれたセロテープは何mm巾だったカナ? そうだ! たしか空き箱を持ってきたはず!」
□しかしそんな一人コントをする勇気は私にはなかった。無言で箱をマイバッグから取り出し確認して、頼まれたテープをカゴに入れた。この後、背後から万引きGメンがやってくるに違いない。私はやってない。無実です。私はモヤモヤしたまま、残りの買い物、野菜やパンをカゴに入れレジに向かった。
□そうか、考えてみればこれからレジに行くのだからまだ平気なんだ。私は神妙にレジを通過し、結局何事もなく家へ戻ることができた。しかし、どっと疲れた。
□私はファッションなどには無頓着だが、他人様の目を結構気にするたちのようだ。もしくは夕方のニュースの中でよくやっている万引きGメンの見過ぎだろうか。
□こんな思いをするくらいなら今度はメモをとることにしよう。
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2013.1.7(月) |
許す!
□かなりせかせか気分で師走をかけぬけてきたが、年越し・年明けの境界線を一歩またいだら突如、スローテンポで時が流れだした。
□チョイチョイ高カロリーの食事をし、気がつけばうたた寝、テレビをつけてはお菓子食べ放題。するとますます拍車がかかって食欲は増すばかり。
□でもいいよね。ずっとこんな日が続くわけじゃないもの。許す!
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2013.1.14(月) |
本日は非常食
□本日、東京は大雪と強風ですさまじい1日になるらしい。
□いつおつかいに行こうか!? テレビをつけるとすでに交通機関はおかしくなっていた。「運転見合わせ」のテロップが右から左へと流れていく。風の音がゴォーと低くうねって、窓にぶつかってくる。時折、ドサッと雪のかたまりが落ちる音。ここは人里離れた山奥なのか?
□決めた。外には出ない! ごはんは非常用の缶詰め、味噌汁、納豆…以上! 充分です!
□それにしても、新成人のみなさん、大変な1日になっちゃいましたね。
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2013.1.17(木) |
何が便利で何が不便なのか
□昨日、ダンナに付き添ってもらい吉祥寺の家電量販店に行った。長年愛用していたMDがついに動かなくなってしまったのだ。
□吉祥寺駅は只今工事中。なにやら迷路のようだ。新しい改札口もできていて、「ふーん、こっから出られるの」って感じ。
□西荻窪も吉祥寺もずいぶんとコギレイになっていくんだナ。いい事だけど、どこか切ない。私はそんな年頃。
□そして電器屋さんも私にとっては広すぎる。品揃えも良すぎる。まったく戸惑うばかりでダンナがいてくれなければお手上げであった。何せ今まで使っていたMDに近いものを買おうと思っていたのに、MDなんてすでに売られていなかったんだから。
□明らかに便利、明らかに進化して良かった、と言える製品もあるのだろうが、今の私にはわからない。何が便利で何が不便なのか。いつのまにか変化していて、それに従うしかなくなっていく。そうしてせっかく整えたカセットテープやビデオテープ、MDが収納の箱に入れられて押し入れの奥深くへと沈められていくのであった。
□一見スッキリシンプルになったようで、どこかにふきだまりがあるのである。
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2012.12.31(月) |
ゆく年くる年齢(とし)
□今日は大晦日。そして私の誕生日である。年越しも迫る夜の9時過ぎに生まれたと聞いている。
□大晦日と言えばこれはもう、おせち、年越しそば、お菓子やお餅、みかんなんかを準備万端整えて、後はもうヌクヌクとしてテレビを見たり、うたた寝したり、食べたり飲んだりの繰り返しで、果てしなくだらけていい日であろう。
□ありがたい日に生まれたと思う。胸を張ってグダグダしててよい日に生まれたのだから。
□しかし、年齢的には江戸時代ならそろそろ死んでいる年頃になってしまった。それを思うといつまでもこんな感じでいいのかと不安と戸惑いがあるが、だからといってこれといった解決策があるわけじゃなし…。このまま年を重ね、そしてまた年を越してゆくことになるだろう。仕方ない。でも先のことはわからない。ひょんなことから気づき、突然多くを悟り、人間的に今より100倍成長している自分がいるかもしれないし、ずっとこんな感じのままなのかもしれない。
□このボヤッとしたテンポ感が私の歩むスピードなのかもしれないナ。
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2012.12.1(土) |
走ってはいけない師走
□雪が降るのじゃないかしら…と思わせるひんやりとした、底冷えのする師走の朝。窓とカーテンの間は結露でビチャビチャになっていた。
□まったく冬はやっかいだ。室内と外の温度差から突然むせてセキが止まらなくなる。また、乾燥からくるあかぎれ、しもやけ、かゆみ。笑った拍子にピッと切れて血が出てしまう唇 etc...
□だが、私がもっとも怖れているのは「足つり」である。家で寝ている時ならまだしも、外出をしてただ歩いているだけなのに、突如ふくらはぎあたりに違和感が走り、キュイーンと痛みに襲われることがある。こんなところで私はつってしまうのか!? と顔までひきつる。
□でも、そんな時は慌てず騒がず歩をゆるめ、道のはじに寄って、一旦停止。呼吸を整え落ち着きを取り戻すのであった。
□何かと気ぜわしい師走。だが、いきなりあせって走ったりしてはいけない。それはたいへん危険な行為なのである。
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2012.12.12(水) |
12・12・12・12・18
□昨日深夜にコンビニで5〜6個菓子パンを買った。その残りがあったので、今日のお昼はそれで…、とガサゴソやっていると、パンの袋の賞味期限は「12・12・12」とある。ハッと時計を見るとお昼の12時。ムムム。だから!? と問われればなんでもない、何の意味もないけど、あらためて書いておこう。今日は2012年の12月12日。そこで私は2012年12月12日が賞味期限の菓子パンをお昼の12時に食べようとしている。
□こんな具合に12・12・12が賞味期限の菓子パンをお昼時に食べようとしている人は、今全国にどのくらいいるのだろうか。そしてその中に、この121212に心トキめかせ、「おーっと、12並びだぜ。この偶然すごくない?」などと人に言ってしまい、「だから何?」とやや小バカにされている人も、全国にどのくらいいるのだろうか。
□と言っている間に、おっと只今12時12分である! と言いたいところだが、ハッと時計を見るとそれは12時18分であった。
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2012.12.24(月) |
クリスマスの夜
「クリスマスイブ」とはクリスマス前夜祭。ではクリスマスとは何かといえば、イエス様のお誕生日。つまり今日は、お誕生日前夜、となる。
□なぜ今さらこんなことを言っているかといえば、ダンナに「本当にそうかな?」と言われたからである。
□どういうことかというと、ダンナ曰く、「イブ」とはイブニング、つまり夜のことだから、クリスマスの夜とは24日の夜。まさに今夜こそ、イエス様のお誕生日なのだ、という説を聞かされたのだ。
□何言ってんの? と思ったけれど、さらに説明は続く。「昔はサ、夜中の12時で日付が変わるのではなく、日没で日付が変わったわけよ」。そうなると昔で言えば、24日の日没後は25日、今で言えばまだ24日、とこの時差が生じる。果たして今で言う夜中12時までにお生まれになったかどうかは分からないけれど、25日の日没で日付は26日になってしまうとしたら、たしかに「クリスマスイブニング」=クリスマスの夜と呼べるのは、24日の日没から日の出まで、となるのは確かなようだ。
□しかし、ダンナは何故そこにひっかかって調べたりしたのだろう? 私よりよっぽど真面目にクリスマスと向き合っているのだナ、と思った。
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2012.12.25(火) |
あたりまえ♪あたりまえ♪
□昨日のダンナの説明により、今日はすでにイエス様は生まれておられることになった。するッテエとイエス様が誕生されて初めて地上の光を浴びたのが今日なのか、と思うとそれはそれで感動がある。
□さて、街中いたるところにサンタ帽をかぶった店員さんやチラシ配りの人や配達の人たちを見たけれど、この風景も今日で終わり。スーパーもテレビ番組も年の瀬・お正月バージョンで、通常のものが姿を消していた。
□私はつくづく思う。世間の人々はなんて切り換えがはやいのだろう。しかし、家事に限って言えば、年の瀬・お正月までゴミの日やら食材やら、先回りして考えて行動しなければ大変なことになる。
□スーパーもテレビも商売なのだから、こうなってあたりまえ。ゴミも食材も生活する人々にとって現実問題なのだから、こうなってあたりまえ。
□私もトロトロしてないで何かしなくちゃ。
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2012.11.12(月) |
そういうことがなかなかできない
「立冬」を過ぎたらグッと冷え込んできた。意外と暦どおりの気候である。
□街を歩けばマフラーやマスクをしている人、厚めのコートをはおっている人も見かけるし、商店街ではクリスマス仕様のディスプレイのお店がチラホラと現れ、なにやら色合いが変わりつつある。駅前では出先郵便局がワゴンの上で年賀状を売っている。
□世間は着々と年の瀬にむかって前進しているようだ。私も出遅れてばかりいないで、たまには半歩先を見据えて行動してみたいものだと思う。じゃあ何をすれば半歩先になるのだろうか? と自問してみても何ひとつ頭に浮かんでこない。さびしい限りである。
□なんでもないありふれた平日に、敏感にアンテナを張り、粛々と準備してゆける。
□サウイフモノニワタシハナリタイ。
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2012.11.18(日) |
と言っている間に
□本格的な寒さがやってきた。その上、湿度もグッと下がって乾燥しているから、なんだかあっちこっちかゆい。背中とか脇腹とか…。知らず知らず掻いてしまう。
□ところで私はそれほど活発でもないが、落ち着きのある静かな子供でもなかったように思う。まあたいがいの子供はじっとするのが苦手であろうが、私はイイ年になってもじっとするのが苦手である。
□何かもじもじしたり、首をグルッと回してみたり、用もないのに髪の毛を指でクリンとさせてみたり。なぜこうも手持ち無沙汰になってしまうのか。と言っている間にも何やら目のふちがかゆい。
□その上なんだかお腹もシクシクする。冷えたのカナ? その上なんだかゾクッとした。まさか風邪? と言っている間にやっぱり背中がかゆい。
□もうネバーエンディングストーリーなのである。
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2012.11.22(木) |
視点論点
□今日は俗に言う「いい夫婦の日」。今日は結婚記念日! という御夫婦も多いことであろう。オメデトウゴザイマス。
□さて、あまりの寒さにエアコンをガンガンにつけっぱなしの生活がはじまってしまった。来月の電気料金はきっとおそろしいことになっているだろう。コワイナ〜。
□先日、棚の上にあるものをイスに乗って取ろうとしたら、天井近くの空気はかなりモアーッとして温かかった。そうか、私はチビだからよけい寒いのか、と気づいた。すると逆に長身のダンナは常に顔から上がボワッとした生活をしていたのだろうか、とほんのつかの間思ったのだが、まあイイか。
□そのイスに乗った時気づいたことはもうひとつある。それは棚の上のホコリ。かなりうっそうと積もっていたのだ。これにはショックを受けた。それなりに掃除していたつもりだったけど、実は自分の身長に見合った分だけせっせと拭いていただけだった。それなのに、自分はけっこうキレイ好きかもフフフ、と自分に酔っていたのだ。間抜けである。
□しかし、夫婦といえども視点は個人によってまったく違う。ダンナは見えていてもホコリのことなどまったく意に介していないのかもしれない。これはこれでイイフーフということで、今日のところは落ち着くことにしよう。
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2012.10.29(月) |
ウィンなのか、ウィ〜ンなのか
□街なかにあるパン屋さん、ケーキ屋さん、そしてスーパーのお菓子コーナー、どこもハロウィンの飾りつけが目をひき、あのくり抜かれたカボチャが最前線で頑張っている。うーむ、いつからこんなにハロウィンが盛んになったのだろう。カラオケ店では31日のPM7時以降、仮装してきた方20%Offなどのサービスもあり、ハロウィンをみんなで楽しもう! と呼びかける。
□子供から大人まで、何かしら、このハロウィンを体験しているのだろうか。それともこれは商売上のことで、みんな盛り上がっているヨ、という感じを出しているだけなのだろうか。
□だいたいハロウィンなのか、ハロウィ〜ンなのか。
□まあ、気にはなるけれど、本気でハロウィンと向き合う気もないのだから、ヘタに首を突っ込むのはやめておこう。
□私が10月下旬になるとカボチャの煮物を作りたくなるのは、あのくり抜かれたカボチャの飾り付けに洗脳されているからでは決してナイ!
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2012.10.31(水) |
エンドロールの後の恐怖
□深夜2時過ぎ。こんな時間に24時間営業のファストフード店に行きコーヒーを飲んで一息つくことがある。眠れない…。なんかモヤモヤした気分を紛らわしたい。
□この時間に行くと、たいがい人もまばらで私の好きな雰囲気なのだ。けれど、ゆったり落ち着くというわけでもなく、明日の買い物やら、片付けたいファイルなど、散漫に雑念が脳裏を流れてゆく。まったく私は落ち着きのない人間である。
□しかし、店内には私以上に落ち着きのない謎のおばあさんがいた。何度かこの時間に見かけるので認識してしまった。白髪でおかっぱ、小太りで化粧っ気はないのだが、目に力があるので何やらパワーを感じる。
□おばあさんは店内をゆっくりと見渡し、くまなく観察している風で、そのレーダーのような目が私をとらえた時、私はロックオンされてしまった。サッと目を伏せたけれど、相手はじいーっとこちらを見ている。時折、伏せた目を戻すとまだ見ている。キャーコワイ。3〜4m間を隔てて対面に位置してしまった私が悪いのか。
□何分が過ぎたことだろう、ようやく解除されたので、念のため私はとなりのとなりの席へ居場所をずらしてみた。平穏な時間が訪れ、私のドキドキもおさまった頃、おばあさんがやおら立ち上がった。ハッ! と思ったけれど、見ないようにした。またレーダーに引っ掛かったらやっかいである。帰るのかな? と思いきや、今度は店内を一周する感じで歩き始めた。ということは、私のすぐ前の通路にもやってくるじゃないの。またもや心拍数は急上昇。
□ああこの感じって中学時代の期末テストみたいだ。私はエリート的毅然としたオーラを発しているタイプの人間ではないので、なんかモゾモゾすると、先生がじいっとこっちを見ているんじゃないかとか、先生が通路を行ったり来たりして自分の横に来ると、もちろん真面目にやってますヨ的小芝居をしちゃってたり…。
□と回想に耽っていると人影が。「来たッ! 目を伏せろ!」
□私はじっと耐えた。その人影が遠ざかるのを祈るような心持ちでひたすら待った。そしてそっと目を上げると――。大魔仁はもう次のコーナーにさしかかっていた。
「ああ、助かったんだ……。」
□しかしあの様子では2周するかもしれない。帰るタイミングは今なのだろう。私はそそくさと店を出た。
□そして明けて本日。これからおつかいに行く。昨夜のファストフード店の前を通過してい行くのだが、真っ昼間のこの時間帯は学生やらサラリーマンやら子供連れでごった返していることだろう。
□もし、その中に昨夜の謎のおばあさんが立っていて、ガラス越しにこっちをじーっと見ていたら、もうこれは立派なサスペンスホラーのラストシーンと言えるだろう。
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2012.10.24(水) |
冬が来る前に
□10月下旬、秋も深まり朝晩は冬の気配すら感じる頃となった。いよいよ20℃をきった生活に突入してゆく。
□今はまだ大丈夫、心の準備ができるから。なんのことかと言えば、気温と心の関係。15℃を境に、私は知らず知らず性格が変わってゆく。卑屈になり、がさつでイライラしやすい、つまり感じの悪い人になりやすい。だが「人を不快にさせてもよい人」などこの世には誰一人いないのだ。
□じゃあ、これからの季節、こんな自分をどうしたらいいのか? 私はこの1年でその対処法をひとつみつけた。それは、一日最低1回はあたたかいものを食べるか飲む。やきいも、おでん、味噌汁、シチュー、スープ、煮物 etc... こんな単純なことで人は、私は救われるのである。
□さあ、卑屈になる前に一杯のコーヒーを飲みに行こう!
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2012.10.25(木) |
心温まるフレーズに潜むリスク
「あたたかいうちに食べてね」
□という心温まるフレーズがある。
□だが世の中には、嘘のように熱すぎる食べ物もあって、完全に火傷に突入してしまうことがある。包まれ系のたこやき、しょーろんぽう、春巻の中のあん…や、おでんの中では、ばくだんや汁をたっぷり含んだだいこん。その他、出来たて過ぎるもの。なのに、欲張って大量に口に入れてしまうなど…。
□ひとたび火傷になれば、楽しい食事タイムが苦痛タイムとなり、やはり精神衛生上かなりの悪影響だ。
□これからの季節、気をつけたいのは口の中を火傷することと口内炎。せっかち人間は是非気をつけてください。
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2012.10.1(月) |
カッパ伝説
□今日は都民の日。都民の日といえば「カッパのバッジと赤い羽根」。それが毎年のように記憶の水面に浮かんでくる。だがそれを他人様に言ってみると、「カッパのバッジって何?」となる。
□おそらく小1〜小3までの出来事だと思うが、学校で全員に小さな箱が配られ、その中には校章と同じくらいの小さなカッパのバッジが入っている。そのカッパを見せれば動物園にタダで入れる。そんなハナシだったと思うが、「ホラ」とカッパを見せてタダで動物園に行った記憶はない。それでも男子は自分の帽子にそのカッパをつけていたような画(え)は薄ぼんやりと記憶にある。
□それで正解を確かめるべく、「カッパのバッジって懐かしいよね〜」と人に言ってみるのだが、「ハァ?」と言われる。よって私はこの件を「カッパ伝説」と名づけている。
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2012.10.10(水) |
カンボジアのお米さん
□ある日知人から「カンボジアのお米あるけど、いる?」と声をかけてもらった。パエリヤとかスープカレーにはとてもよく合う、美味しいとのこと。興味本位で「いるいる」と分けてもらったのだが、実はパエリヤなんて作ったことがない。まあ、他人様に見せるわけじゃなし、自分流でやってみることにした。
□袋を開けると、カンボジアのお米は細くて長くて、少々透き通っていて、とてもデリケートなものに見えた。まるで高山植物のように、健気に純粋に、ひっそりとしていた。パエリヤといえば情熱の国スペインとステレオタイプにイメージしちゃう私は、少々ちぐはぐな気分になったのだが、「なんかテキトーでいいや、ガハハ」という雑な気持ちはうすれて、とにかく謙虚な気持ちで臨みますのでヨロシクお願いします、と淡々と調理をすすめる。
□果たして結果は!? まあ、家庭内の話だがダンナはもの珍しさも手伝ってか、うまいうまいと通常の三倍は食べていた。ありがとう。カンボジアのお米さん!
□私の初パエリヤはなかなかいいスタートである。
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2012.9.17(月) |
秋のバカヤロウ
□先日洒落たレストランで「ギリシャ風サンマ」をいただいた。バジルなどの香草で焼いたところがギリシャ風らしい。まるまると太ったそのサンマは「バカヤロウ」と言いたくなるほど旨い。今秋初のサンマである。
「スイマセーン、半ライスくださ〜い」などと手をあげて言えるタイプの空間ではないが、気取っている心の余裕もないままにガツガツときれいにたいらげた。
□ああ、確実に秋である。イモだ、クリだ、キノコだなんだ…。頭を駆けめぐる食材たち。それから濃厚なスイーツをほんのひとくち。しめはいつものほろ苦い炭火コーヒーで…ナンテね…ああイイなあ。秋っていいナァ。
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2012.9.23(日) |
まだ9月ですよ
□寒い。寒すぎて暗い気分である。これはもう11月の気候じゃないか。その気温のせいで「もう今年は終わった」感に襲われているのである。何ひとつまともにできないまま2012年も終わっていくのか…ムムム。
□こうなるとバカみたいに暑かったあの夏が無性に懐かしい。暑すぎて、“だらけOK”で過ごしていた自分。同じダメ人間なら、いじけず明るく過ごしていたあの夏の自分の方がまだましなんじゃないか、などと思っては、さらに落ち込んでいく。
□季節の神様、まだ9月ですよー。ちょっと寒すぎませんかー!
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2012.9.25(火) |
区切り
□二週間ほど前から、晩ごはんを食べた後どうしても甘いものが食べたい、と思うようになった。それで100円くらいの予算で毎日食後のお菓子を買っていたのだけれど、物足りなくなって、結局ひとり1個(ダンナと私)菓子パンを買うようになってしまった。メロンパンとかあんパンとか…。ご飯を食べたあと続けざまに菓子パンを食べる。
□この習慣はいかがなものか…。しかしやめられない。その上今度はその後に柿ピーとかちょっとしたものをつまみたい。どうも「菓子パンまでが晩ごはん」と区切りが変わったようで、やっぱりその後にお菓子も食べたい。このままでは「柿ピーまで晩ごはん」となるのもそう遠くはない。
□このエンドレスな欲望…どうなるのだろう。
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2012.8.4(土) |
1パーセントの賭け
□とにかく、土いじりとかキライである。ベランダでプチトマトを…といった類いも苦手で興味がない。
□そんな私が先日、初めて「豆苗(とうみょう)」という野菜を買った。スポンジ状の土台からスルスルと伸びた緑色の芽。根っこの部分をザクッと切り落とすだけで使える手間いらずだ。
□その豆苗、買ってから気づいたのだけれど、袋に『水につけておけば再生し、もう一度食べられます』と書いてある。
□ウソだね〜!? お皿に水をはって例のスポンジ状の部分をのっけておくだけで、また買った時の状態に再生するって? そんな都合の良い話があるものか。
□99%ウソだね無理だねと思っているのだが、しかしそんなに言うなら1%にかけてみようかと、指示通り水につけておいてみた。
□まあ土いじりではないので手は汚れないし、もし本当にもう1回食べられるのなら悪い話じゃない。むしろお徳だ。ただしくれぐれも期待はしない。ワクワクした分、損した気分になるから。さあ、豆苗、どうでるんだ?
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2012.8.7(火) |
練習と本番
□さして興味もなかったのだが、見始めたら止まらないロンドンオリンピック。
「ライブで見る。」そのために、ちょいとつまめる食料を買い込み、運動オンチの私がテレビに向ってあーだこーだと競技について評論している始末。昼間は生アクビがとまらない。
□しかしスポーツ観戦って意外に楽しい。前回の北京五輪の時は全く気をひかれなかったのに、この4年間で体質が変わったのだろうか。
□競技にはすべて練習があり本番がある。この私でも日常の中で頻繁に体験することだ。たとえば初めて作るおかず。レシピを読んで、いったん頭の中でシミュレーション、そして本番。うまくいくこともあれば、今ひとつな場合もある。スポーツでも、練習でできないことは本番でも絶対にできない競技と、練習よりも本番で思わぬ好結果が出る競技があるそうだ。
□いずれにせよ、ほんの数分、数秒の中で劇的な展開を見せるオリンピックにときめきをおさえられない私であった。
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2012.8.10(金) |
1パーセントの賭けの結果
□昨夜の夕食でおひたしを食べた。
□そう、あの「豆苗(とうみょう)」である。1%の可能性にかけた私の行動が、おひたしという素晴らしい結果に結びついたのだ。アリガトウ、再生野菜トウミョウ! 今は感謝の気持ちでいっぱいだ。「最後まであきらめずに頑張りました」というオリンピック選手のような気分である。といっても、毎日2回お皿の水をかえただけだが。
□しかしなんと言うか、私にもできた、という喜びがあるのだ。自然を愛する人のもとでは育っても私のもとでは育つまい、という被害妄想を見事にひっくりかえしてくれた。自然の恵みを身をもって感じた夕食であった。
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2012.8.27(月) |
凡/非凡
□2カ月ほど前からヘアスタイルをマイナーチェンジしている。
□以前、襟足が出る程バッサリ切ったことは大きな変化だったが、今回はあくまで前髪のラインが少々変わったくらい。
□どんな感じかというと、簡単に言えば大木凡人さん的な前髪である。もちろん美容院に行って「ボンちゃん風でお願いします」とリクエストしたわけではない。結果としてのボンちゃんである。
□このマイナーチェンジが意外に内外に影響を及ぼしている。
□時には60〜70年代マッシュルームカットからの連想なのか、ミュージシャン的・アーティストっぽいとホメて下さる方もいて、ならばもっとアーティスト然とした挑発的な発言をしてみようかムフフなどと思ったりする。。
□一方で、コンタクトではなく黒ブチめがねで過ごしていると、ふと鏡に映る姿はやっぱり「ボンちゃん」である。するととたんに、男とか女とか性別を超越したイイ人でありたい、という心持ちになる。
□とんがったアーティストとイイ人ボンちゃん。どちらも魅力的である。2つの異なる顔が見え隠れするこの前髪を、今私はとても気に入っている。
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2012.7.17(火) |
夏バテ前の…
□梅雨が明けた。そして、真夏日。熱中症の季節。水を飲むように気をつけている。
□だがそれ以前に、この暑さで日に数回は喫茶店へ行きアイスコーヒーを飲んでいるし、深夜にはコンビニにアイスを買いに行っている。その上、ラーメン、焼肉、ステーキといったカロリーも塩分も豊富なものが食べたくなる。
□年相応にと、うす味で真面目にやってきた自分はどこにいってしまったのだろう。
□ここ最近の若者的馬鹿食いは自分でも「よくやるネ」と思うけど、これもまた自分の体が必要としている何かなのだと思い、後悔も反省もしないことにした。このまま突き進んでみよう。
□きっと多分おそらく、よきところで夏バテがくるのだから。
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2012.7.19(木) |
事件現場
□夕方、用事をすませ部屋に戻ると、「なにか」が違う、何だろう!?
□気を張り詰め部屋を眺めた。するとエアコンが止まっており、何だか静か…。床に目をやれば無造作に散らばっているバスタオルが数枚…。
□エッ!? なんなの? その殺伐とした光景に私は変な気持ちになった。
「もォー事件だよ」と、そこへダンナも帰ってきた。一体何があったというのだ。
□私が先に出かけた後、しばしダンナはくつろいでいた。すると突然エアコンから水が溢れだし、それは雨漏りのごとく床をぬらし、いつ止まるのかも計り知れず、とりあえずバスタオルをばらまいた……というのだ。
□いったん落ち着いてもスイッチオンすれば再び水が溢れ出す。階下へのご迷惑なども考え、先の見えないこの事件には、静かにバスタオルを交換するくらいしか、私にできることはなかった。いったい何故こんなことに。そして修理してもらえるのはいったいいつでいくらかかるのか。
□エアコンの止まったこの部屋で二人でたたずんでいると、なんだか気持ち悪くなってしまった。湿度も気温もグングン上がっているのに。ああ…苦しい。
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2012.7.30(月) |
風穴
□エアコンが無事修理されて一週間が経った。
□あの三日間はなるべく涼しい場所へ避難しながら、食事も自炊せず、外食ばかりした。ぜいたくな三日間だった。だからすごく楽しかった。
□人は時々ぜいたくをしたくなる。日常から離れて思いきり別人格になったり、無心に遊んだり、はしゃいだり。
□心に風穴があいて、サーッと風が通っていった。
□エアコンも何かが詰まっていたらしい。虫なのか、長年のホコリドロのようなものなのか、息苦しかったんだよね…。
□今はまた我が家に日常が戻った。
□おつかい、洗濯、掃除…。今のところ、洗濯機も冷蔵庫も掃除機も文句を言わずたんたんと働いてくれている。アリガタイ。
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2012.6.13(水) |
観音様
□今日は用があって大船に行った。この駅で降りることは10年に1度あるかないか。
□駅に着くと、さっそくコーヒーが飲みたくなり、駅カフェ的なものを探すと、バーガー&カフェを発見! なかなか広く、明るいスペースで、喫煙ルームもそこそこ広いではないか。よし、ここで一服タイムだ。
□店内を見渡すと、ほとんどのテーブルを年配の女性グループが占めている。語り合い、笑って、皆楽しそう。その合間を男性のおひとり様が黙々とハンバーガーにかぶりついたり、ケータイを見たりしている。しかしよく賑わっている。みな大船の人々なのだろうか。私は通りすがりの旅人気分だ。
□ところで大船と言えば「大船観音」。
□子どもの頃、何も知らずに電車の中からこの観音様を目撃してしまった時のあの衝撃ったらなかった。
□恐怖と驚き。映画『大魔神』や『ゴジラ』の時代だったから、心底ビビったものだ。
□それから何度か、車窓からの観音様を見ているけれど、今日は久々に近くからゆっくりと眺めてみた。もう大人になったから、恐怖心はなくなったけれど、迫力があって、そして美しい姿にうっとりとした。やはり心をグッとつかまれてしまったことに変わりはない。
□ああ、観音様、できたらそのままのあなたでいて…と心の中で願う。すぐそばに高いビルや近代的な建物ができて、これ以上観音様の聖地をこわしませんように…。
□よそ者が勝手を言って申し訳ないけれど、「やっぱ大船観音ってすご〜い!」と思い続けたい私であった。
□
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2012.5.20(日) |
こわい話
「食器洗ってくれてありがとう!」
□笑顔でダンナにお礼を言うと「エッ!? 洗ってないよ」と言われた。またある時、「洗濯物とりこんでくれてありがとう!」と言うと、「やってない」という。
□そして一週間ほど前は、かばんの中にあった大事なファイルをなくしてしまい、「あ! あのお店に忘れてきたんだ!」と思い、電話をいれるとマスターが「ないよ。さがしてみたけど…」と言う。
□結局、犯人は全部自分自身だった…のである。
□食器を洗ったのも、洗濯物をとりこんだのも、大事なファイルを帰宅後すぐに元の場所にしまっていたのも。自分には全く記憶がない。こんなことが続くとなんだか自分がこわい…。
□しかし、笑顔でお礼を言われたダンナはもっとこわかったかもしれない。
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2012.5.24(木) |
あらいけない
□5月に入ってあっという間に時が流れたように感じる。
□それは、気温の上昇とともに私の「意味のないせっかち」が始まるからである。
□こんないい陽気なのに洗濯1回でいいの? いいや、もう1回やるべき。それならついでにこのジャケットはクリーニングに、このトレーナーはしまって、と仕分けが始まり、気づけば「あらいけない、こんな時間」おつかいに行かないと…。そして1日に何度もこの「あらいけない」が訪れるのである。
□でもこれは9割方自分の思い込みであって、家事をテキパキとこなしているわけでもなんでもない。同じ場所でクルクルと自分のしっぽを追いかけている小犬のようなものである…いいや失礼、そんなかわいいものでもない。
□特に「快晴」の日、なぜか私はあせる。浮き足立つ。どこかうしろめたく、小忙しそうに動いてしまう。なぜだろう。
□せめて「曇り」ならば、もう少し平常心でいられるのだけど…。
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2012.4.5(木) |
桜と抹茶と品格サラリーマン
□天気予報によれば本日気温は20℃。一気にそこまで上がるのか! スゴイ!!
□桜の開花、春の嵐、新入社員、新生活。どこかフワフワした浮ついたオーラが町なかに漂うこの季節。ワルクナイ。
□おつかいの帰り、私もフラフラとド○ールコーヒーに寄ってしまった。するとやけに目についたのが、立派なスーツに身を包む品格ある中年サラリーマンの方々。あっちにもこっちにも、一人静かに憩いのひとときを過ごされている。読書、手帳に書きものなど、品格ある行動である。
□ちょっと不思議だったのは、みな一様に抹茶オーレにスイーツを召し上がっていること。もちろん皆アカの他人なのだが、なんでだろう? ただの偶然か?
□しかしその風景は美しい。「雅び」である。桜と抹茶と品格サラリーマン。
□ちなみになぜ品格を感じるかといえば、姿勢が美しい、動き方に一定のテンポ感があり、がさつでない。決して大きな声を出さない。すぐ隣にいる他人様を不快にさせない大人なのである。例えるなら「杉下右京」のような人である。
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2012.4.16(月) |
暑いんだか寒いんだか
□もちろん冬よりはずっとずっと暖かい。しかし先週の金曜日はおそろしく寒かった。
□本心は寒い。だがあんまりかさばるものを着てどんよりするのもヤボだし…。やせ我慢して夏を先取り!…と思っても、日によっては失敗に終わる。先日もやりすぎて、「あなた寒そうね〜、大丈夫? そんなんで。あら、下、半袖なの? カゼひくわよ〜」などと逆に同情をかってしまい、めげたことがあった。
□暑いんだか寒いんだかよくわからないこの時期は大変だ。そしてそのファッションは実に難しい。世間から浮かない、ヤボでない、そしてハデじゃない。……そんな女性に私はなりたい。
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2012.4.20(金) |
老眼・純情派
□先日お誘いをうけイタリアンレストランに食事に行った。私とダンナと、その男性、3人で。
□彼は私より3〜4歳年下。「何飲む?」「パスタは?」「ピザは?」とメニューから決めるものは全て「お好きにどうぞ」と言われ、喜んで選んだ。また、ウェイトレスのカワイイ女性が「○○のカルパッチョおすすめです」と言うと「じゃあそれ」。要するに彼は一切メニューを見ない。なんだかカッコイイ! グダグダしてるのは好きじゃないので心地よく思っていた。
□のだが、夜も深まり、あと1品つまみたい…となった時、ついに彼はメニューを手にとった。「オッ、ついに見るんだ」と心の中でかたずを飲んで見守ると、彼はパカッと開いたメニューを私たちの方へ向け、「ねェ、このあたり…、たしかこの2行目あたりなんだけど…、なんて書いてある?」と遠慮がちに聞いてきた。
□そういうことだったのか!! …老眼なのだ。
□彼は“老眼・純情派”であった。私なんかはもう慣れてしまって、メニューやチラシを顔からグーッと離して見る行為も板についたものだし、老眼で見えないからここ読んでと人にきく行為にも、何のはじらいもない。こうして私は知らず知らず、ふてぶてしい中年女性になっていたのだろうか!
□いくつになってもはじらいを持とう! 浮かない程度に!
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2012.3.20(火) |
ヒヤヒンス
□今年はうるう年。よって今日がお彼岸。
□お彼岸はお墓参りにできるだけ参加している。参加といっても、高齢の両親に「あんた今年は行けるの?」と聞かれ、都合がつくなら行くというわけだ。
□おばあちゃんのお墓は門前仲町にある。春と秋、年に二度しか訪れることのない土地だが、子どもの頃からの年数がものをいうのか、今では親しみがある。そしてなぜか、来る度に「この土地ならではなのか?」と思える出来事に出くわす。
□去年の秋は、お墓参りの後、お寺の近くのスーパー赤札堂で買い物をしていた時のこと。レジを済ませ、せっせとカゴから袋へ品物を詰めていると、すぐ横で誰かに大声で文句を言い出すオヤジがいた。
「テメェこのやろう、自分で使ったカゴぐれぇ、テメェでもどしやがれ!」
□言われた方も、
「なんだとォこのやろう、そりゃーそうだが、このオレに言うんじゃねェ!」
□オヤジがオヤジに文句を言い、小競り合いとなった。突然のことに私はかなりドギマギしたのだが、まわりのオバサンたちはさして動揺することもなく、普通にふるまっている。くだらない小競り合いだが、オヤジ同志の言い合いはどこか、落語の中に見る江戸っ子口調のようで、耳に心地よくもあった。
□今日は今日で、お寺の駐車場の隅に小さな花壇が作られていたので近寄って見ると、何か球根が埋められていて、札がさしてある。読んでみると「ヒヤヒンス」とあった。
□深川あたりじゃ、みんなこの調子でものを言ったり書いたりしているのか…。チョイとイカすネェ、と思う私であった。
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2012.3.22(木) |
それは、○○次第です
□あきらかに暖かい。
□目覚めが心地よい。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。一大決心をしなくても、鼻唄まじりにさっそくおつかいへ。まだまだ葉ものは高いけれど、暖かいので許す。
□気温が15℃あたりまで上がってくると、ケチくさくヒガミっぽい私も、心がぐっとゆるんで優しくなれる。
□ちんちょうげの香りにふと目を閉じ、ほんのつかの間無心になれる。
□いじけて丸まった背中をググーッと伸ばして、胸いっぱいに息を吸う。
□なにやら大げさだけれど、今ここに在ることに幸せを感じる。
□今、私は幸せだ。
□しかし、明日のことはわからない。それは気温次第で決まるのだ。それは野菜の値段で決まるのだ。それは私と接するすべての人々のタイドで決まるのだ!!
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2012.2.8(水) |
山小屋風
□昨夜かんたんグラタンを作り、牛乳があまっていた。それで味噌汁に入れてみた。
□具はにんじん、じゃがいも、玉ねぎなどを少々大きめにしたので、色といい、まるでシチューのように見える味噌汁になった。
□ダンナはなんて言うのかな? すると、
「今日の味噌汁は山小屋風だね」と言った。実にユニークである。何が「山小屋風」なのか、私にはわからない。しかし彼の今までの人生経験と記憶のイメージでは「山小屋」なのだ。ダンナは自分の表現に納得しているらしく、それ以上何を言うでもない。
□いつだったか、もやしとにんじんとピーマンを千切りにしてカレー粉でいためたら「給食風」となったこともある。わかるような、わからないような…。
□まあそもそも私の作るおかずにタイトルなどないのだから、別に問題はない。
□それより私のさじ加減で○○風と言ってくるダンナは実に興味深い存在である。
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2012.2.9(木) |
えりあしに髪の毛がない時の心構え
□昨日の夕方、髪をバッサリ切った。
□去年の6月以来のバッサリだ。それに今回は襟足丸出し状態。ついにここまでやってしまった。
□襟足に髪の毛がないのはかれこれ10年振りだろうか。とにかく、すごく寒い。スースーして風邪をひきそうだ。こんな感じだったっけ? とにかく恥ずかしいやら寒いやらで、初々しい心持ちである。
□一夜明け、今朝、鏡にうつる自分に「エッ?!」と一瞬オドロキがあった。それはたしかに自分なのだが、寝起きの姿はどこか眼鏡をかけた金太郎のようであった。
□そうか。スッとした姿勢とシャンとした心構えでいないと、せっかく格好良くスタイリッシュにしていただいたのに台なしである。
□なるべく「ちゃんと」しなくては。
□ちょっとしたことで少しでも良く見ていただけるなら…の精神は大事なのだから。
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2012.2.13(月) |
3分
□料理番組を見るのが好きだ。
□何故だろう? たぶん、事がどんどん展開していくからだろう。手順があり、はっきりとしたゴールにむかって無駄なく進んでいくのは見ていて気持ち良い。
□もちろんテレビだから、たった3分でステキな一品を完成させてしまう。それはいとも簡単そうで、私でもできるんじゃなかろうかとその気になったりする。
□3分の中にドラマがある、ロマンがある、世界がある。
□カップラーメンも3分、歌謡曲も3分。
□こらえ性のない私だが、この3分ならば集中力がとぎれることはない。ステキな3分。
□私にちょうど良い時間、それは3分。
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2012.2.27(月) |
そんなわけで
□この『ネウマ』を書きはじめて1年が過ぎた。
□そもそもは、ある朝突然身の上に起きた「ブヨブヨ」がきっかけだ。そこへ追い討ちをかけるように大腸ポリープだナンダカンダと。よく年配の人が口にする「いやあもうあっちこっちガタがきちゃって…」というフレーズは、他人事ではなく私自身のこととなった。グチりだしたら止まらない。そんな1年間であったのだが…。
□だが不思議なことに、その不平不満と背中合わせに、感謝する気持ちもドンドン溢れ出してくる自分に気づいていた。それはなんとも言葉にしがたい感覚で、一体どういうことだろう? 今までぶっきらぼうに付き合ってきた日常用品。台所のスポンジやザルやナベにも「ありがとね」と自然に思っていたり。それは家電であったり、靴下やタオルであったり。これもまた、年を重ねるにつれ、いたって自然な心の変化なのだろうか。
□いつだったか、テレビである大物女性歌手が「同じ時代を生きているすべての人たちがいとおしい」と言っていた。私は「キレイごと言っていやがる」などとは思わず、素直に受け止めることができた。一体どういうことだろう? もう、すねてひねくれているエネルギーがもったいないということだろうか。よくわからない。
□そんなわけで『ネウマ』は2年目を迎えることとなった。
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2012.1.27(金) |
再び、ホーフの話
□シンシンと冷え込む毎日。マンションの非常階段には先日の大雪がかすかに残り、スーパーに行けば野菜は少々高めの日が続く。だから余計に身も心もフトコロも寒いのである。
□嗚呼、あの極楽のようなお正月は遥か昔の幻か…。日々のペースも乱れがちに、不器用人間の1月が終わろうとしている。
□ところで再び「抱負」の話。
□この「抱く、負ける」で表現される言葉。まるで、抱負を口にした途端「おまえは自分で言っておきながら、本当に1年間忘れず実行できるのか?」と抱負の神様に見下されているようである。
□いいやできまい、できるわけがない。つまりホーフなんて言っちゃってる時点であんたの負け、だから抱負と言うのじゃよ。オーッホッホッホ!
□と抱負の神様は言っておられるのだ。
□ガハハ。
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2012.1.9(月) |
抱負というもの
□食べてうたた寝、食べてうたた寝。理想的なお正月であったと思う。
□昨日も、とある新年会にお呼ばれし、目の前のごちそうにひたすら舌つづみをうっていた。
□すると、「ではこの辺で一人ずつ今年の抱負を―」となり、「エッ!」と私の箸が止まった。新年会なのだから当然あってしかるべき話題なのに、何一つ考えてこなかった。どうしよう?! パチパチパチ…。拍手とともに他の皆さんは「5キロはやせます」「趣味の登山を続けていきたい」「人にやさしく」などと、思い思いの意見を述べている。ダラケ生活を満喫していた私は“準備する心”をすっかり忘れていた。
□どうしよう?! 何を言えばいいの?!
□皆さんが見守る中、しどろもどろで要領を得ない私のスピーチ…。ダメ人間の私でも、正月くらい抱負というものを作っておけばよかった。
□しまりのないスピーチは「今年もよろしくお願いします」と締めたことで拍手をいただき、一応終わりを得た。
□ハァ、新年早々やっちまった。まあ仕方ないか。
□とにもかくにも今年の“社会人”としての1日目であった。
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2012.1.16(月) |
あんたはエライ
□たった今できることはひとつしかない。
□こんな簡単なことがいまだに飲み込めない。どういうことかというと、洗濯をしながらおつかいに行くことはできない。体はひとつだものね。
□だが、考えることは自由だ。食器を洗いながら、今夜のテレビは何かあったかな? とか、明日はスーパー○○屋が特売日だな…とか。
□しかしこれは意志をもって考えているわけではなく、落ち着きのない私がただ次から次へと湧き出てくる雑念に心を奪われているだけである。
□そしてこの日常雑念の中に時折、哲学的な問いかけ「私は人間的に成長しているのだろうか」といった抽象雑念が混じってくるのである。あぁ忙しい…。あの、抱負を作っておかなかったダメージがまだ多少尾を引いているのだろう。
□…ってなわけで、ふと我にかえると食器洗いは無事完了。すごいもんですね。黙々とお皿を洗った私の手。あなたが一番エライ!
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