徒然五十音楽帳

ら・わ

サウンド・オブ・サイレンス

ギターのアルペジオで始まるサイモン&ガーファンクルの名曲。

誰かと分かち合い、共感する音楽ではなくて、たった一人でひざをかかえて聴きたい1曲。孤独であることが淋しいことではなく、美しいと思える曲。二人の透き通るようなハーモニーもステキです。

しかしなんと言っても私はこのタイトルが好きです。

サウンド・オブ・サイレンス

沈黙という言葉には、喜びでも悲しみでもない、不幸でも幸せでもない、「在るがまま」を感じます。そして沈黙の中に自分が見出すものは何だろう? それとも何も聞こえず、感じることもできないのだろうか、、、などともの想いにふけるひとときがなんとも好きでした。

さて、今週は卒業シーズン。そういえばこの曲は映画『卒業』にも使われていましたね。(チャコ)


ジャンバラヤ

ジャンバラヤは、ケイジャン料理と呼ばれるアメリカ・ルイジアナ州の代表的な料理のひとつです。大きな鍋で作って大人数で食べることが多く、スペインのパエリアに起源があるとも言われます。

伝説的なカントリーシンガー、ハンク・ウィリアムスが歌ったこの歌は、ジャンバラヤを食べて旅立つ友達を見送ろうぜという内容。サウンドに湿っぽさはありませんが、惜別の歌。考えようによっては今の卒業シーズンにピッタリの内容です。

最近の卒業式ではどんな歌が歌われているのか、ということがこの時期よく話題にのぼります。もはや「蛍の光」「仰げば尊し」ではないようですね。

ちなみに「蛍の光」は元々スコットランド民謡、「仰げば尊し」も近年アメリカの原曲が判明しました。どっちも欧米の曲なわけです。だったら卒業式で「ジャンバラヤ」も十分アリな気がします。それではまた来週。(チコ)


好きだった

歌っていたのは鶴田浩二さん。耳に手を当てて歌う姿が印象的でした。

この歌には、人の深い想いや未練、ままならない人生…がたっぷりしみ込んでいます。たった一言「好き」と伝えられなかった。「いくじなし!」と責められれば返す言葉もない。そんな男心の歌。

でも、人に気持ちを伝えるって大変なことですよね。言葉を選ぶのも、タイミングをはかるのも、結構気を遣うものです。相手が大切な人であればなおさらのこと。

伝える手段はたくさんあり、スマートでスピーディーになっているけど、人の心には時間が必要です。ちゃんと考えて、ちゃんと伝えたい。それでもうまくいかないことの方が多いかも。そんな時はこの歌を聴いてみて下さい。鶴田浩二さんの声があなたをなぐさめてくれますよ。(チャコ)


青春の輝き

カーペンターズ1976年の名曲、原題は「I need to be in love」。孤独、迷い、自分に言い聞かせるように「I know」とくり返す歌詞は、美しい旋律に乗って一層痛々しくもあります。

邦題は歌の内容とは無関係にセールスを意識して付けられた、として悪名高いものですが、だんだんと、なんだか合っているような気がしてくるので不思議です。

「私は不完全なこの世界に完璧を求めていた」なんて、いかにも気難しい、哲学的な歌詞にも見えます。けれど、ひょっとするとなんのことはない、初恋に破れた少女の胸の内だとも思えます。早熟な女の子にとって、ままならない人生はこのように表現されるのでしょう。

男の場合はもっと単純です。昭和12年に藤山一郎さんが歌った「青春日記」はやぶれた初恋をいじいじと悔いる男の歌です。「いくら泣いても笑うても 胸の痛手はなおりゃせぬ」。「青春の輝き」の少女とはえらく違い、至極単純な男の子がストレートにいじける青春なのです。(チコ)


空よ

昭和45年のヒット曲。歌っていたのはトワ・エ・モワのお二人。

青空を眺め、幼い日に想いをはせる主人公。あの時手をつないだ◯◯ちゃん、今はどうしているだろう。空よ、おしえて…と歌っています。

そこで私も記憶をさかのぼってみました。浮かんでくるのは、缶けりをして遊んだこと、土をかためて泥だんごをたくさん作ったこと、年上の子にいじめられてよく泣いたこと…。団地には子供がいっぱいいて、みんなで毎日毎日よく遊んでいました。小学校三年生で引っ越すまで、私はそこで育ちました。

気がつけば、あれから45年!!

誰とも一度も会うことなく、時は流れていたのです。今、街ですれちがってもお互い気づくことはないでしょう。現在とはまったくつながりをもたないあの頃の記憶。まるでまぼろしのようです。

空よ…みんな元気でいますように!!(チャコ)


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